契約書がないと何が起こるか
ボカロP同士の共作、DTMerが歌い手に楽曲提供する、バンドで作詞作曲を分担する。個人の音楽活動では、こうした共同制作が日常的に発生します。SNSで知り合った相手と数回のやり取りだけで曲を完成させ、そのまま配信してしまうケースも珍しくありません。
問題が表面化するのは、たいてい曲がヒットしてからです。再生数が伸びた、企業案件の話が来た、他の媒体からカバーの申し込みが来た、というタイミングで「この曲の著作権は誰がどれだけ持っているのか」があいまいなまま放置されていたことに気づきます。
著作権法では、複数人が共同で創作した著作物(共同著作物)について、著作権の行使には共有者全員の合意が必要とされ、正当な理由なくこの合意を拒むことはできないとされています。行使とは、利用許諾を出す、二次利用を認めるといった行為全般を指します。つまり、共作した曲を誰かがCM用に使いたいと言ってきても、共作者の一人が連絡を取れない状態になっていれば、正式には使用許諾を出せません。さらに、各共有者は他の共有者の同意なしに、自分の持分だけを他人に譲渡したり担保に入れたりすることもできないとされています。
厄介なのは、何をもって「正当な理由」とするかが状況次第だという点です。制作時に何も取り決めていなければ、後になって「あのときは口約束だった」「そんな話は聞いていない」という水掛け論になりやすく、解決には時間も労力もかかります。
持分は「原則50%」だが絶対ではない
共同著作者が2人の場合、持分は原則として50%ずつと推定されるという考え方が一般的です。ただし、これはあくまで推定であり、絶対的なルールではありません。最終的な取り分は、各人がどれだけ制作に貢献したかによって変わり得るとされています。
これは共作の現場で誤解が多いポイントです。たとえば作曲は一人がほぼ全て手がけ、作詞は共同で行った、あるいは編曲のアイデア出しに片方が大きく関わったといった場合、実際の貢献度は50:50から大きくずれることがあります。にもかかわらず、何の取り決めもしなければ「推定」がそのまま既成事実として扱われてしまうリスクがあります。
貢献度に応じた分配は、当事者同士が合意さえしていれば決められます。逆にいえば、合意していなければ「50%ずつのはず」という思い込みだけが残り、後から「自分はもっと作っていたはずだ」という主張が出てきたときに、拠り所になる記録が何もない状態になります。
JASRACへの作品届と共作の関係
楽曲をJASRAC(日本音楽著作権協会)に登録する際は、作品届という書類を提出します。共同著作の場合、この作品届には作詞者・作曲者・音楽出版社それぞれの分配率を記入する欄があります。
共著作者全員が、貢献度に応じた分配率について合意していれば、規定の範囲内で「協議分配率」として届け出ることができます。逆にいえば、分配率について共作者間で合意ができていなければ、この届出の段階でつまずくことになります。
契約書がJASRACへの登録に必須の書類として扱われているかどうかは、断定できる情報を見つけられませんでした。ただ、実務上の感覚としては、作品届を出す段階になって初めて「誰がどれだけの割合か」を話し合い始めるのは、かなり分の悪いタイミングです。曲がすでに完成し、配信も始まっている状態で持分をめぐる交渉をするのは、制作段階で条件をすり合わせておくのに比べて、心理的にも実務的にもハードルが上がります。契約書という形で残しておくことで、この協議がスムーズに進みやすくなる、というのが現実的な捉え方だと思います。
文化庁の著作権契約書作成支援システム
こうした個人間契約のハードルを下げる目的で、文化庁が無料で提供しているのが「著作権契約書作成支援システム」です。
- 名称: 著作権契約書作成支援システム
- 費用: 無料
- 想定する利用者: 著作物の創作・実演・利用を職業としない者同士、つまり一般の個人間の契約
- 公開時期: 2022年度に全面刷新されたもので、それ以前から同種のシステムが提供されていた
使い方はシンプルで、画面の案内に従って項目を入力・選択していくと、それに応じた契約書案(ひな型)が自動的に作成される仕組みになっています。法律の専門知識がなくても、質問に答える形で進められる点が特徴です。
システムが対応している場面、していない場面
ここで正確に理解しておきたいのが、このシステムが用意しているひな型の中身です。複数の書式が用意されていますが、「共同著作」や「共作」「楽曲提供」という名称の書式そのものは存在しません。
音楽関連で用意されているのは、次の2種類です。
- 音楽の作成: 依頼者が作成者に対して、楽曲の制作を依頼する場面を想定したひな型
- 既存の楽曲などの利用許諾: すでにある楽曲を利用する際の許諾に関するひな型
つまり、このシステムが直接想定しているのは「発注者と受注者(一人の作成者)」という関係であり、複数の作曲者・作詞者が対等な立場で一緒に曲を作る「共作」そのものを想定した専用書式ではありません。歌い手やDTMerが誰かに楽曲制作を依頼する場面には「音楽の作成」のひな型がそのまま使えますが、バンドメンバー同士で作詞作曲を分担するようなケースでは、このひな型を土台にしながら、共作特有の取り決め(誰がどの割合の持分を持つか、クレジット表記をどうするかなど)を自分たちで書き加えていく使い方になります。
また、文化庁自身が「著作権の譲渡等、本システムでは提供していないひな形がある」と明記している点も重要です。著作権そのものを譲渡する契約には対応していないため、譲渡を前提とした取り決めをしたい場合は、このシステムだけでは完結しません。
民間の契約書ひな型との違い
契約書のひな型は文化庁以外にも、業界団体などが提供しているものがあります。多くは、ある程度規模のある取引(作家対音楽出版社など)を想定した内容になっており、アマチュアの共作者同士が気軽に使うことを想定したものばかりではありません。
無料で、かつ個人間の契約を想定して作られているという点で、文化庁のシステムは今回のようなケースに向いています。ただし前述の通り、共作を直接想定した専用書式ではないため、たたき台として使いながら、自分たちの状況に合わせて条項を追加・修正する前提で活用するのが現実的です。
契約書に何を書いておくべきか
共作や楽曲提供の契約書を作る際、最低限すり合わせておきたい項目は次のようなものです。
- 誰がどのパート(作詞・作曲・編曲など)を担当したか
- 著作権の持分をどう分配するか、その根拠
- JASRACなどへの登録時、作品届の分配率をどう記載するか
- 楽曲を利用・許諾する際の意思決定方法(全員の合意が必要かどうか)
- クレジット表記の方法
- 収益(配信収入、使用料など)の分配方法と精算のタイミング
特に2と3は、著作権法が定める「共有者全員の合意」という原則と直結する部分です。ここが曖昧なままだと、後から利用許諾を求められたときに身動きが取れなくなります。
制作を始める前に取り決めておく
理想をいえば、契約書は曲が完成してからではなく、共作や楽曲提供の話が持ち上がった時点で作っておくのが望ましい形です。制作前であれば、まだ利害関係が発生していないぶん、冷静に条件を話し合いやすいという単純な理由からです。
曲がヒットしてから、あるいは配信を始めてから持分の話をするのは、当事者の関係性にとっても負担が大きくなります。文化庁のシステムは無料で、案内に従って入力するだけで契約書案ができるという手軽さがあるので、共作や楽曲提供の話が出た段階で、まず一度目を通してみる価値はあると思います。
共作は、勢いで始めてしまいがちな一方、あとから条件を整理し直すのが最も難しい制作形態でもあります。誰が何を担当したかという記録を、曲づくりと同じタイミングで残しておく習慣そのものが、将来のトラブルを避ける一番の近道です。
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